映画

ブエナビスタ・ソシアルクラブ

 昨日のつづきになるが、キューバ音楽をとりあげたドキュメンタリー映画にもいいのがある。たとえば、なぜだか知らないが世界的にヒットしてしまった「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」。

 世界的にもマイナーな国の、しかもマイナーな伝統音楽が、なんで日本でこんなにブームになったのか未だに分からないが、とにかく大ヒットした。まあ、私としては、なんだか映画館が混みそうで、なんとも迷惑な話だ、ぐらいにしか思っていなかったのだが・・・

 とにかく、キューバの往年の音楽家たちが勢揃いする映画「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」は、当時の私にとっても待ちに待った映画だったので、意気込んで映画館に向かった。

 当時、なぜだか覚えていないが大阪の梅田あたりの映画館に行った記憶がある。そして、これまた何でか覚えていないが、横にはラテン音楽には全く興味のないはずの、当時つきあっていた女がいた。

 映画の内容はもちろん素晴らしかった。まあ、私にとっては、昨日も言ったように、とにかく良質のキューバ音楽さえ詰め込まれていれば、気分は「天国」なのだ。おまけに、あまりにも渋すぎるキューバ音楽の至宝たちの奏でる珠玉の音の世界、すばらしい! もう余計なものは何もいらない・・・

 至福のときをすごして、何気なく横の座席をみると、思いっきり爆睡している生物がいるではないか!! ぬおっ! キューバ音楽の至宝たちを前にして、よだれを垂らして鼻提灯をふくらませているとは何と無粋な!

 そして目を覚ましたときに発したのが、「あんまり良い音楽だったので眠っちゃった! 村上春樹もこの映画観たとき、音楽が良すぎて眠っちゃったんだって」

 私には、なぜ村上春樹が眠ると、この映画を観るときに眠っても良いことになるのか、その因果関係がいまいち分からなかったが、まあよい。キューバ音楽の至宝たちを前にすると、すべてのことは「人間万事塞翁が馬」、じゃなかった、え~と、とにかく、細かいことはどうでもよくなるのだった。

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キューバ音楽の映画

 たまたま夜中にBSで「ダンシング・ハバナ」というキューバ舞台のアメリカ映画が放映していたので、つい観てしまった。キューバ音楽ものの映画はけっこう観ているつもりだったけど、この映画は初めてだった。

 ちなみに、映画の話だからといって、今回に関してはまともな批評ではないので、悪しからず。というのも、私はキューバ音楽ものの映画を観るときはほとんど音楽に酔いしれ、うねるリズムのなかで忘我状態になっているだけで、ほとんど鑑賞などしていないからだ。観ているというより、ほとんど一種の「トランス体験」だ。

 そんなわけで、感想としては、あ~ぁ、気持ちよかった、というだけなのだが、まあ、敢えて映画としての批評をいえば、こりゃB級映画だな。しかし、まあそれでいいのだと思う。

 私がこの手の映画のなかでも好きなのは、たしか10年ぐらい前のフランス映画だと思うが「サルサ!」というタイトルの映画がある。これはフランス人のクラシック・ピアノの名手が、キューバ音楽に目覚めてしまい、あるキューバ人の血を引く女性と恋に落ちるという物語だ。話の内容は、もう単純きわまりないロマンスというか、要は男と女が恋に落ちて行く手を阻む移民問題や人種問題などに翻弄されながらもいろんな障害を乗り越えていくっていう「お伽噺」なんだけど、それが実にいいんだね。めくるめくラテンの世界に浸っていると、「お伽噺、いいじゃないか!」「夢物語、おおいに結構!」っていう気分になってくる。

 そういえば当時、この映画が銀座で上映された際には、鑑賞チケットにサルサダンス教室の「お試し無料券」みたいなのが付いていて、映画を見終わった女性が感動のあまり、「やっぱりロマンスはダンスからよ!」てな具合に誤解してしまい、即ダンス教室直行というパターンがけっこうあった。実際、この映画をきっかけとしてかどうだか分からないが、その当時サルサ・ダンスが20代、30代の女性のあいだでかなり流行っていたという記憶がある。そんなわけで、サルサ・クラブ人口はますます女性過多状態が増幅されていって、にわかサルサ女たちはロマンスからはますます縁遠くなっていくという、ちょっと面白い逆スパイラル状況が生まれていた。

 ちなみにこの映画の音楽はたしか全編シエラ・マエストラが手がけているんだけど、シエラ・マエストラっていえば、アダルベルト・アルバレスと並んで、キューバ音楽の伝統を現代に蘇らせた貢献者ってことで、キューバ音楽の神髄がずいずい、ぐいぐい来る。映画のなかで、メンバーが即興的に演奏をしているシーンなんかが結構でてくるんだけど、そのシーンに浸っているだけで、もう天国にいるような幸せ感に包まれてしまう。

 さらにこの映画では、キューバ音楽だけではなく、60年代ニューヨーク(のラテン人たち)を一世風靡したブーガルーも流れている。実はあの、プエルトリカンたちが流行らせ、70年代のサルサ勃興の源流ともなったブーガルーにだってキューバ音楽が貢献しているんだぞ、っていうシエラ・マエストラの気概が伝わってくるようで、すごく面白い。

 想像してみてほしい。20世紀末のフランスを舞台としたキューバ音楽やダンスをめぐる映画のなかで、あの60年代NYラテン界を席巻していたレイ・バレットやらイシドロ・インファンテが流れているのだ! フランス、キューバ、ニューヨークの時空を超えた交錯が醸し出すハイブリッドな魅惑を、映画のなかで体験できるのだ。

 そんなわけで、実はブーガルーも大好きな私としては、もう一挙両得の映画なのだ、この「サルサ!」は。

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ムッシュ・カステラの恋

◇フランス映画(1999年)

 ある会社社長が四十路の舞台女優に惚れてしまい、あれこれアプローチするも、まったく相手にされない。満を持して、口ひげを剃り、愛の詩を読むが、その顛末やいかに。社長のボディガード、バーの女など魅力ある人間たちの人生とオーバーラップしながら、物語はすすんでいく・・・

 いい映画だ。男たちの繊細さと純粋さ、それがどう社会と折り合いをつけていくか、とても繊細に描かれている。登場する男たちが、人間としてとても愛おしく感じられる。何度でも繰り返し観たくなる、大人のための映画。

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私が私であることの根拠とは

キム・ギドク監督「絶対の愛」

★★★★☆

 韓国の奇才キム・ギドク監督の作品。恋人の愛に不安を感じた女が整形手術で別の顔を手に入れ6ヶ月後再び恋人の前に現れる。

 単なる恋愛物語をはるかに超えた哲学的深みをもつ作品。私が私であるという根拠とは何なのか、その同一性の所在は・・・、それを突きつめていく。

 恋人=他者との確かなる関係を渇望し、それを求めれば求めるほど、逆説的にもその対極である「顔」という代替可能な記号にその手掛かりを求めていく主人公の女。その自己矛盾のなかで次第に狂っていく女の姿は、現代社会の私たちそのものだ。

 作品の終盤、逆に恋人である男が整形手術をして顔を変えてしまう。そのため、女は一体誰が本当の自分の恋人なのか分からず、その確からしさを求めてさまよい歩く。ついには、その不確かさに耐えられず、ふたたび整形手術を受けることによって「流動性」のなかに逃げ込んでしまう。

 自己矛盾のなかで狂っていく女の姿が観る者に突きつけているのは、〈人間の入れ替え可能性〉を突き抜けて人間と人間が向き合うことの「重み」であり、その重みを引き受ける覚悟である。

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