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宮田珠己のエッセイで悶絶した

 宮田珠己というエッセイストがいる。おもにアジアなどを旅して、旅行エッセイを書いている。

 なんと形容していいいのかわからんが、ふざけたエッセイである。というか、ふざけたヤツである。まったく・・・

 私は作家の真骨頂はすべて処女作に凝縮されているという持論をもっているので、まずは宮田珠紀の最初の作品である『旅の理不尽』を手に取った。

 こいつはバカか、と思った。

 読者は、このあと、「このバカさ加減にまいった、うほうほ(笑)」とか、「この革命的アホさが気に入った、イェーイ!」とか続くと思っているかもしれないが、私は本気で、あまりのアホさ加減に思わず本を投げ出したのだ。滅多にないことである。

 ほんとに「頭からっぽ!」という感じである。たとえてみれば、展開みえみえ、70年代少女漫画のほうがまだ物語に深みがあったぞ的なツッコミを入れたくなるほど単純きわまりない韓国ドラマにはまっているアラフォー女の頭の中くらい、「頭からっぽ」という感じである。

 そういうお前だって、チェ・ジウ主演のドラマ『真実』のなかで、チェ・ジウのことを金持ち娘だと思いこんでいたのだが本当は運転手の娘だと気が付いた恋人の男にボロぞうきんのように捨てられたチェ・ジウのよよと泣く姿に涙してたじゃないか、とか何とかツッコまれてしまうと、返す言葉もない。

 しかし、私の家には立派な棚があって、自分のことをその棚に上げることができるので、そういう的を射た反論は独断的に却下させてもらうのだ。

 そういうわけで、幾多の反論の嵐をバッタバッタと見事に切り捨てて、「宮田珠紀=頭からっぽ」説に落ち着いた私は、そんな作家がいることさえ、すっかり忘れていた。

 のだが、ある日、なんかのきっかけで『わたしの旅に何をする。』という、いささか挑発的な題名の本を手に取った。

 革命的におもしろかった。

 私が宮田珠紀にはまった瞬間は、たしか52頁(テキトー)あたりの次のようなくだりを読んでいるときである。たしかインドあたりを旅していたときに、カナダ人だか何人だか忘れたが西欧人に会って、その人に「君はどんな仕事をしているんだ?」と訊かれて、宮田が「サラリーマン」と答えようと思ったのだが、いや待てよ、サラリーマンというのは和製英語ではないか?、とすると英語では「ビジネスマン」というのではないか、おお!いかにも「仕事のできる男」という響きがしていいではないか!と思って、意気揚々と「ビジネスマン」と答えたところ、相手は「私はテクニシャンだ」と答えたので、宮田が、なにおー!! 私が夜の生活のほうでテクニックがなさそうだと決めつけるのか! おおそうか! バカにするなよー! とか何とか息巻くところは、腹がよじれるぐらい笑った。(※テクニシャンというのは技術者のことである)

 たぶん、15分ぐらい、笑い続けたと思う。笑いすぎてこのままだと死んでしまうと思ったのは、6歳のときに「8時だよ!全員集合」でカトちゃんの「ちょっとだけよ~」を観て以来のことだ。

 なに? 結局お前は、下ネタにウケている頭からっぽの6歳の子どもと変わらんのではないか、だと?

 まあ、そう言われると返す言葉もないが、繰り返しになるが、そういう的を射た反論は却下させてもらうのだ。

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