のろま礼賛
飛幡祐規『それでも住みたいフランス』新潮社
★★★★☆
フランスに30年住む女性による生活エッセイ。筆者の価値観に共感。その広範な教養と地に足の着いた信念に基づく、フランス人やフランス社会へのまなざしはかなり好感がもてる。
モノを買わず、モノにこだわらず、古いものに染みこんだ歴史を愛するフランス人のフィロソフィーの解説は見事。
最も心惹かれたのは、のろま礼賛の章。フランスは、ワイン、食べ物、職人芸、歴史的史跡など、何事も長い時間をかけて醸成する文化的気質がある。何事ものんびりが好きだから、ヴァカンスも食事時間も、友人とのおしゃべりも長くなる。
「のろま」のきわめつきが目的地も地図もなしのぶらぶら歩き。場所に自分を滑り込ませる歓び。時の流れを愉しむ醍醐味。思いがけない情景や、心温まる人々との交流、そうした一期一会的な平凡な日常との邂逅。
もうひとつ。理想主義を乗り越えたヨーロッパの叡智を捉えた筆者の鋭さに感服。理想主義とは、①初期キリスト教会の思想家アウグスチヌス、②フランス革命、③共産主義、④アメリカのメシア思想。アメリカの二元論的発想に基づく勧善懲悪思想の根には、キリスト教のメシア思想がある。
ところが理想主義のもたらす惨禍をなんどもくぐり抜けてきたヨーロッパ人にとって、善悪二元論は短絡にすぎ危険。正義の悪への反転、あるいは正義を決定する横暴さ、こうしたものへの嗅覚がヨーロッパの人々のあいだには根付いている。
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